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捨てるほど人生が面白くなる理由

捨てるほど人生が面白くなる理由

部屋に物が多すぎると、何を探しているのかもわからなくなる。

スマホの写真が増えすぎると、大事な一枚を見返さなくなる。

やること・人間関係・仕事も、全てが増えすぎると「自分の核となる部分」がボヤけて解像度が低くなってしまうのだ。

捨てるというと、物を減らすことに限った話だと思われやすが、僕が大事だと思っているのは、もっと広い意味での「手放す」だ。

なんとなく続けている関係?
昔の自分には必要だったが今の自分には合わなくなった環境?
惰性で続けている悪習慣?

そういうものを抱えたまま、人生を面白くしようとしても正直難しい。

あと、よく聞く「やりたいことがない」と言う言葉。

その感覚は確かに理解できる。

しかし本質は、やりたいことが本当にないというよりか、余白がないから見つからず、「やりたいこと」が入ってくるスペースがないことが原因の1つだと思う。

私生活が散らかっていると、何かを始める前にすでに疲れているし、無駄な予定が詰まりすぎていると急に何もしたくなくなる現象、僕も経験がある。

10代〜20代は、常に足していくことが自然だった。

知らない場所へ行く。
新しい人に会う。
変な遊び方をする。
とにかくお金を使う。

何かを増やすことが、自分を広げることだと思っていた。

無駄も含めて経験を増やす時期があるのは良いし、足したからこそ分かることがあるのも確かだ。

だが、増やせば増やすほど幸福になるわけでもないし、自由にもならない。

その逆で、むしろ苦しくなってくる。

30代に入ってから、僕は少しずつ感覚が変わった。

何かを新しく始めることも絶対に必須だが、何をやめるかの方が大事になってきた。

これは人生がつまらなくなったのではなく、「面白くするためのやり方」が変わっただけだ。

足してきたものを全部持ったまま進もうとすると、どの方向にも強く進めない。

捨てるのは、可能性を狭めることではなく進む方向を決めることでもある。

僕はこれまで、物だけではなく人間関係や仕事や環境も含めて、何度も手放してきた。


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