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ショート動画を止められない科学的理由とデジタルミニマリズム

ショート動画を止められない科学的理由とデジタルミニマリズム

Vineから始まり、TikTokで爆発的にヒットしたショート動画。

今まで一度も見たことがない、という人はおそらく少ないのではないだろうか?

それどころか、その中毒性にハマり抜け出せなくなっているほうが一般的だろう。

数年前までは私もその1人だった。

今では、SNS・ショート動画系アプリをスマホには入れないという対策を取って回避している。

ただ、策を講じていても、Storyを上げるためにInstagramをインストールした後、ショート動画をチラッと見ただけで数本見たくなる。その欲求に気づくたび、中毒性を再認識するのだ。

デジタルミニマリズムと言ってSNSを減らしたり、スマホの利用を減らしたりするテクニックは数多く紹介されているし私自身も解説してきた。

しかし正直言うと、適度な距離感を保って使うのは難しい。中毒性がそれほど強力なため、『アプリを消す』という強制的な環境を作るしかないのだ。

電源を一時的に切ったり、機内モードにしたり、開けられない制限付きの箱に入れたり、どれも有効な手段だが、スマホが手に戻ってくれば結局SNSが中にあれば見てしまうのだ。

なのでどちらかというと、「なぜ見てしまうのか」と言う根本原因の理解が、SNSから自分を遠ざける鍵なのではないかと考えている。

今回は、その理由をエビデンスベースで解説していきたい。

ショート動画を止められない科学的理由

まず初めに、面白い論文がある。

ショート動画視聴中の脳活動抑制:神経化学的知見

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1053811926000406?via%3Dihub

2026年に『NeuroImage』に掲載された、ショート動画を見ているときの脳活動を調べた研究だ。

56人の若者にショート動画を見てもらい、つまらないと思ったらボタンを押して次の動画へ進める。最後まで見た動画を「好きな動画」、途中ですぐに飛ばしたものを「好きではない動画」として、それぞれを見ているときの脳活動を比較した。

すると、面白い結果が出た。

好きなショート動画を見ているとき、自分の行動をコントロールしたり、状況を判断したりすることに関わる脳の領域の活動が低下していたのだ。

このことから分かるのは、

「本来やるべきことに戻るべきか」

を判断するような自己制御が難しくなるということである。

脳が「自動運転」のような状態になる

簡単にいうと、

「ショート動画をぼーっと見ているときには、脳が働いて自分をコントロールする必要がなくなる」

ということらしい。

実際にショート動画を見ていて「次の動画を見るべきだろうか?」と考えてスワイプする人はいないだろう。

何か目的があり、自分の意思でInstagramやTikTokを開いたとしても、一度ショート動画を見始めると、

「見る→スワイプする」

という行動が自動的に続いていく。

そして、気づいたら30分、1時間経っているのだ。

「あと一本だけ」を繰り返してしまう

ショート動画には、通常の動画とは大きく違う特徴がある。

それは終わりがないことである。

映画なら2時間ほどで終わるし、YouTubeの通常動画でも一度区切りが生まれる。

そこで、「そろそろやめよう」と考えることができるが、ショート動画には区切りがない。

自分で終わりを判断しないといけないのだ。

しかし先ほど言ったように、ショート動画を見ている間は「自己制御に関わる脳の領域の活動」が低下している。

これがショート動画に沼ってしまう原因だと分かる。

意志力だけで対抗するのは難しい

ここまで考えると、

「SNSは1日30分までにしよう」

「ショート動画を見すぎないようにしよう」

と自分の意思の力だけでなんとかするのは、かなりハードな理由が分かるだろう。

企業側からすると、ユーザーに1秒でも多く動画を見てほしいからそういう高度な設計になっている意図も理解できる。

だから私は、意志力で解決しようとするのをやめた。

デジタルミニマリズムは「我慢」ではなく環境をガラッと変えること

現在、私はSNS・ショート動画系のアプリをスマホに入れていない。

Instagram、X、Threads、TikTok、YouTube

全て削除した。

YouTube以外に関しては、ブラウザからも見れないようにブロックしてある。

しかし、必要ならその度にインストールして使う。

旅行先の写真をInstagramでStoryにあげる時にアプリを入れて、また削除する。

いつでもアプリをすぐ開ける状態にしておかないことが重要なのだ。

誘惑に勝とうとするより、そもそも最初から消しておけばいい。

スマホを手放す必要はない

「ミニマリズムを極めるならスマホを手放せばいい」という輩がいるが、それはナンセンスである。

スマホを手放す必要は全くない。

地図・決済・写真・音楽。

これほど便利な道具が詰まったものを、現代で使わない理由はないだろう。

問題なのは、娯楽的要素に時間を奪われることである。

「本当は〇〇したかったのに、気づいたらショート動画に時間を使っていた」

そういう時間を減らしたい。

デジタルミニマリズムとは、テクノロジーを拒絶することではないのだ。

自分にとって必要なものは使い、必要のないものには簡単にアクセスできない環境を作ることだと思っている。

そして、自分の時間を何に使うのかを、自分で決められる状態に戻すことだと思っている。

ショート動画を止められないのであれば、自分の意志力に頼らず、アプリを消し、アクセスを面倒にする。

「我慢する」のではなく、そもそも我慢しなくてもいい環境を作る。

これが最適解だと考えている。