なぜ人は他人の目を気にしてしまうのか?シンプルに生きる方法
人生の主人公は誰なのか?
「スタバの注文をしている時、後ろに並んでいる人の圧を感じる」といった他人の目線だったり、「周りが結婚していって、焦りが出てくる」という世間的な目。
人は物心ついた時から、周りに気を使うようになり、そして周囲と同じような生活をしていく。学生から社会人へ、恋人から夫婦へ。
しかしこの「他人や世間の目を気にする」ことが自分を縛るものになってしまっているのも事実だ。
「こんなことを言ったら変に思われるかも」
「周りの普通に合わせないと浮くし、置いてかれている感じがする」
そういう思考が頭をよぎって、やりたいことや自分らしく生きることにブレーキをかけてしまう。打ち消してしまう。
私は20代前半の頃、フリーターだった時期があるが「正社員として働くのがまともだ」という親や世間からの無言の圧を感じたことがある。周りは心配してるのだろうが、本人にとってはとてつもないプレッシャーだ。
多様性と言われるようになった今でも、「世間の正解」のような見えないレールがあると感じるのは私だけではないはず。
これは、自分の車で行きたいところがあるのに、他人に運転してもらって「どこに行くか分からない状態」と同じである。
「周りを見て空気を読む」という能力は、あなたの自由を奪うものになってしまっている。
そして多くの人が「いい人」であろうと、他人の評価を得ようと、自分を押さえ込み・そして複雑にしてしまっている。
しかし本当の幸せは、もっとずっとシンプルなはずだ。
今回は、世間や他人の目を気にせず、自分という主人公がより気持ちよく生きれるためのシンプルな生き方についてについてお話ししよう。
なぜ「普通」から浮くのがこれほど怖い?
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そもそもなぜ、人間は必要以上に周りを気にしてしまうのか?
1つは生存本能に根差したもの。私たちの先祖はかつて過酷な環境を生きていて、集団からの孤立は即「死」を意味していた。生き残るためには周囲と同調し、他者からの評価を味方につけることが必須だったのだ。
だからその子孫である私たちの脳には、DNAレベルで「周りを気にする」能力が深く刻み込まれている。
2つ目は日本社会の仕組みが関係している。義務教育の過程では「みんなと同じ」であることが美徳とされている風潮がやはり強い。何か変わっていると注意されたり、周りからイジられたりする。
そういう環境にいると無意識に「あ、周りと同じでなければならないんだ」と学習し、適応する。人間の適応能力は異常なほど強い。
3つ目は心理学的要素で「スポットライト効果」というものがある。自分だけが舞台の中心にいて、常に観客(他人)から注目されていると思い込んでしまう現象だ。
しかし、あなたは今日すれ違った他人が、どんな靴を履いて、どういう行動をしていたか覚えているだろうか?
私は全く覚えていないし、覚えられない。
おそらく誰も一秒も思い出せないはず。他人も同じで、自分のことで手いっぱいで、あなたのことなんて1ミリも気にしていない。私たちが恐れている「他人の目」の正体は、実は自分の脳が作り出した幻影に過ぎないのだ。あなたが周りと違う選択をしようが実は全く気にしていない。
4つ目は「損失回避」ってやつ。人間は「何かを得る喜び」よりも「失う痛み」を大きく感じるとされていて、「自分らしく生きて幸福度を高める」メリットよりも、「周りの人に変に思われたり、嫌われたり、今の居場所を失う」恐怖をの方が大きく感じる。
これらの要素が複雑に絡み合い、そして私たちは変化を拒み、他人を気にして落ち着いてしまうのである。
他人の評価は「ランダムなノイズ」
ここで、思考をシンプルにするための強力な考え方をインストールしよう。
「他人の評価は、あなたの価値とは1ミリも関係がない」
誰かがあなたを批判したとき、それはあなたの問題ではなく、その人がたまたまお腹が空いていてイライラしていただけかもしれないし、たまたま嫌なことがあって、当たっただけかもしれない。
他人の意見なんて、日によってコロコロ変わる天気くらい「気まぐれな」です。そんな不安定なものに自分の幸福を決めさせるなんて、ふざけていないか?
批判だけでなく「褒め言葉」も他人への執着になる。誰かから褒められる・評価されることをガソリンにしてしまうと、褒められなくなったりマイナス評価になった瞬間にあなたのエンジンは止まってしまう。
自分らしく、シンプルに生きるためには、賞賛にも批判にも左右されない独立した生き方が必要。他人がどう思うかは他人の課題。あなたは、自分が「納得できるかどうか」だけを基準にすればいいのだ。
7つの習慣で有名なスティーブン・R・コヴィー博士が提唱する「関心の輪」の要素をフルシカトすることで幸福の道が開かれる。
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コントロールや気にすることをせず、影響の輪(自分で変えられること)に集中する。
思考をインストールしたら、最後は実行するのみだ。
シンプルに生きるための実践
他人や世間に惑わされず、思考をシンプルにするためには慣れが必要です。実際にアクションプランとしてまとめる。
実践1. 潜在意識のプログラミング(90日間アファメーション)
まず、脳の「OS」を根本から書き換えるための練習。アファメーションを実行しよう。
やり方は簡単で、毎日1回、目を閉じて繰り返し唱えるだけ。
「私は、他人の良い評価からも悪い評価からも、完全に独立している」
「私は完全に自由である」
「私と他人、私と世間は完全に別である」
これはシンプルだが強力自己暗示だ。習慣的に行うことで、自分の中の無意識にある「気にしてしまう癖」を徐々に取り除くことができる。
実践2. スタバのレジ前で「あえて迷う」
混んでいるスタバに行き、レジの前で「んー何にしようかなー」とわざと迷ってみる。 後ろの人の無言の圧力を感じるだろう。しかしここで「あなたが迷っている事と後ろで人が待っていること関係はない」と受け止めることだ。
迷うという自由が自分にはある。そして他人の期待を裏切っても、自分の価値は変わらない。
仮に「こいつ遅いな」と思われたとしても何も起こらないし、ほとんどの人はそんなこと思いもしない。
これは気にしないメンタルに慣れさせる大事なステップである。スタバでなくてもどこでもいいから。あえて人を待たせてみること(迷惑になってはいけない)
実践3. 連絡の「即レス」をやめる
友達、恋人、仕事上の人、パートナー。
今日から、連絡をすぐ返すということをあえてやめてみよう。
「すぐ返さないと失礼かも」という恐怖を一旦捨てる。あえて数時間放置する。自分の時間を他人の要求で埋め尽くさない。これも立派なミニマリズムであり自分軸で生きるということだ。
そして気づく。全く問題がないことに。
むしろ「あなたの時間は貴重だ」と理解してくれ、大事な時に連絡をくれるようになる。
自分軸で生きるということは、実は相手のためにもなるのだ。
実践4. 合わない人間関係を「削除」する
「普通」を押し付けてくる友人や家族、会うと気を使う人やコミュニティ。
全て切ってしまえ。
あなたに害を与える人間たちは必要ない。そして、切った人を心配する必要もない。そうすれば必要な人だけが周りに残り、より幸福になれる。
余白を作らなければ、本当に大切にしたい自分は死んでしまう。
もっと自分を大切にしよう。
シンプルな自分へ回帰しよう
あなたが死を迎えるとき、思い浮かべたいのは「他人の目を気にして挑戦しなかった後悔」か「周囲の反対を押し切ってでも自分のやりたいことをやった達成感」どちらだろうか。
他人視点の人生を歩むのは、もう終わりにしよう。
あなたは誰かの期待を満たすために生きているのではない。
自分の価値観に従って、わがままに、そしてシンプルに生きていい。
それが、あなたの本当の人生の始まりである。